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高松高等裁判所 昭和63年(ネ)12号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

一、当事者の求めた裁判

1. 控訴人ら

(一)  原判決を取り消す。

(二)  被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

(三)  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

2. 被控訴人ら

主文同旨

二、被控訴人らの請求原因

1. 中山半四郎(以下「半四郎」という。)は昭和六一年一月二二日死亡し、その遺産は別紙二「遺産目録」(以下「本件遺産」という。)記載のとおりであるが、同人には相続人のあることが明らかでない。

2. 半四郎の相続をめぐっては、その作成名義にかかる昭和六〇年八月一四日付の別紙一「遺言目録」記載(但し、写)のような自筆証書遺言書(高松家庭裁判所で検認済。以下「本件遺言書」という。)があり、それによる遺言(以下「本件遺言」という。)が形式上存在する。

3. 控訴人大川秀雄(以下「秀雄」という。)及び控訴人大川須美子(以下「須美子」という。)は、本件遺言に基づき本件遺産中の「第一 不動産の部」記載の各不動産(以下「本件各不動産」という。)について、昭和六一年三月二四日高松法務局内海出張所受付第五四一号によって同年一月二二日付遺贈を原因とする各持分二分の一の所有権移転登記(以下「本件登記」という。)を経由している。

4.(一) 被控訴人大川政明(以下「政明」という。)は半四郎の従兄弟、被控訴人大川智子(以下「智子」という。)は被控訴人政明の妻であるが、生涯独身で身寄りのなかった半四郎のために、各方面と折衝し養護老人ホーム(編集注・各称略。以下「老人ホーム」という。)に入院させ、脳血栓で五か月入院した際にも延べ約九〇日間付き添って看護に当たり、しばしば右老人ホームを抜け出し被控訴人政明夫婦方を訪れた半四郎の身辺の世話をし、半四郎のため、株券、預貯金の通帳等を預かり税金等の支払に当てるなど同人が死亡するまで七年間にわたり様々な生活上の面倒を見てきたものであって、半四郎の特別縁故者に当たる。なお、被控訴人政明は半四郎から四筆の田を賃借し耕作している。

(二) 被控訴人相続財産(以下「相続財産」という。)の相続財産管理人(以下「相続財産管理人」という。)は、高松家庭裁判所昭和六一年(家)第四五六号相続財産管理人選任申立事件について、同裁判所により半四郎の相続財産管理人に選任された。

5. 本件遺言書は、半四郎が老人性痴呆により意思能力のない状態で作成されたから、本件遺言は無効である。

6. しかるに、控訴人らはこれを争っている。

7. よって、(一)被控訴人らは、控訴人らとの間で本件遺言が無効であることの確認 (二)被控訴人相続財産は控訴人らに対し、実体権と登記との齟齬に基づいて本件各不動産について本件移転登記の抹消登記手続を求める。

三、請求原因に対する控訴人らの答弁

1. 請求原因1の事実は認める。

2. 同2の事実は認める。

3. 同3の事実は認める。

4.(一) 同4(一)の事実中、被控訴人政明夫婦と半四郎の身分関係、被控訴人政明夫婦が半四郎を柏寿園に入園させ、その際被控訴人政明が半四郎の預貯金、株券等を一時保管し、このうちから半四郎の病院費用、看護費用等を出捐し、長年身の回りの世話をしていたこと、被控訴人政明が半四郎から四筆の田を賃借したことは認める。その余の事実は争う。

(二) 同4(二)の事実は認める。

5.(一) 同5は争う。

(二) 本件遺言書は、半四郎が意思能力のある状態で、自由な意思に基づいて作成したもので、本件遺言は有効である。

6. 同6の事実は認める。

四、証拠関係〈略〉

理由

一、1. 請求原因1(半四郎の死亡、相続関係)、同2(本件遺言書の存在)、同3(本件登記)の事実は当事者間に争いがない。

2. 同4(二)(相続財産管理人の選任)の事実及び同4(一)の事実中、被控訴人政明夫婦と半四郎の身分関係、被控訴人政明夫婦が半四郎を老人ホームに入園させ、その際被控訴人政明が半四郎の預貯金、株券等を一時保管し、このうちから半四郎の病院費用、看護費用等を出捐し、長年身の回りの世話をしていたこと、被控訴人政明が半四郎から四筆の田を賃借していることは当事者間に争いがなく、各成立に争いがない甲第三号証、第五号証の一ないし三、第一〇号証、原審被控訴人大川智子本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、同4(一)の事実中のその余の事実が認められる。又、同6の事実(本件遺言書の有効性をめぐっての紛争の存在)は当事者間に争いがない。

3. 右事実によると、被控訴人半四郎相続財産(法人)が半四郎の遺言により遺贈の登記を経た控訴人らに対し遺言無効確認の訴を提起する原告適格及び法律上の利益を有することは多言を要しない。また、遺産となるべき財産につき、民法九五八条の三の一項の特別縁故者は、同条所定の特別縁故関係の存在を要件として、相続人に準ずる法律上の地位を有するから、その審判前に右地位に基づき遺言無効確認の訴を提起する原告適格及び法律上の利益を有するものと解するのが相当である。本件において、被控訴人政明、同智子は右事実によると同法同条の特別縁故者に当たるというべきであるから、本件遺言無効確認の原告適格及び法律上の利益を有する。

二、1. 前記第五号証の一ないし三、各成立に争いがない第六号証の一ないし四、第七、第八号証、第九号証の一ないし一〇、第一〇号証、乙第一三号証、原審証人池本真司、当審証人今田純正、同羽井佐実、同徳山潤子、同成瀬孫仁、同早原敏之の各証言、原審被控訴人大川智子、当審被控訴人大川政明、原審及び当審控訴人大川秀雄(但し、一部認定に反する部分を除く。)、当審大川須美子(但し、一部認定に反する部分を除く。)各本人尋問の結果、当審鑑定人早原敏之の鑑定結果を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  半四郎は明治四五年一月二八日生れで、生涯独身で、昭和四九年にそれまで同居していた妹が死亡した後は全くの独り暮しとなったが、その頃から昼間でも雨戸を締め切って家に閉じこもり、釘を打った板を家の回りに建てたり、天井を竹槍で突き、あるいは突然上京して三木総理大臣に面会すると称して警察に保護されるなどの被害妄想、誇大妄想の存在を窺わせる異常な行動が見られるようになり、昭和五五年二月には老人性精神障害(老人性痴呆)等の病名で老人ホームに収容された。

(二)  半四郎の罹患した老人性痴呆症は、脳血管の障害に起因する脳血管性痴呆と、原因不明のアルツハイマー型痴呆に大別されるが、病理学的にはいずれも脳の神経細胞の萎縮、脱落等の老年性変化が認められ、その中軸症状は痴呆と人格変化である。経過は緩慢であるが、常に進行性で予後は不良であり、末期には荒廃状態となり、全経過五年ないし七年で感染症や心疾患を併発し死の転機をたどる。半四郎の老人性痴呆症はその症状及び検査結果等から見て脳血管障害に起因するものとみられる。

(三)  半四郎の病状は老人ホーム入院後も悪化の一途をたどり、本件遺言書作成当時には発病後少なくとも六年は経過した末期荒廃状態にあり、重度の痴呆状態に陥り、記憶力、理解力、判断力、日常生活能力、意思の疎通能力は著しく低下した状態にあり、特に刺激に対し受動的に反応する能力に比較し、自らの意思の表出、発動の能力は高度に障害されていた。

(四)  本件遺言書は、半四郎が老人ホームに入所後の昭和六〇年八月一四日、同人の意思に基づくかどうかは暫くおいて、同人の自筆で遺言書と題する書面(本件遺言書)の全文、住所、氏名を記載し、その氏名の下に「中山」の印顆を押捺し、その形式上は自筆証書遺言の方式を備えているようにみえ、高松家庭裁判所土庄出張所の家事審判官がその検認を了した。

(五)  しかし、本件遺言書は本来「子供」と記載すべきところを「小供」と、「神懸」を「 」と、「病」を「 」と、「呉れた」を「 」と、「不動産」を「 」と、「金銭」を「 」と、「株券」を「 」と、「持って」を「 」と、「ある」を「 」と、「及び」を「 」と、各記載するなど誤字が見られ、又「金を使ったりのは私は(理解不能の字)たくした事はない。」と記載し、それが他の老人性痴呆症患者の書いた字と相似しており(当審鑑定の結果)、半四郎の脳機能の障害を示している。しかし、文書の思想、内容は通常人と同様とみられ、両者の間に著しい相違がある。これに対し、半四郎と同程度の痴呆症の者数名に対する当審鑑定人の実験の結果によると、文書の下書を示しそのとおり書き写す能力はあるが、その思想内容の理解はできないことが多いという。

(六)  前記のとおり、半四郎には妻子はなく親は既に死亡しており、被控訴人政明夫婦が半四郎の現金、株券等を管理し、半四郎所有の農地を耕作していたが、控訴人夫婦は日頃からこれに強い不満を抱いており、両者間には現金・株券等の管理、農地の耕作などをめぐって紛争が続いていた。

右認定に反する、原審及び当審控訴人大川秀雄、当審大川須美子各本人尋問の結果はにわかに信用し難く、他に右認定を左右する証拠はない。

右認定事実によると、半四郎は本件遺言書作成当時、一般通常人として、事理を弁別しこれに従って行為する能力を欠いており、控訴人秀雄が見せた遺言書の下書のとおり無意識的に書き写して作成したものであり、本件遺言は半四郎の意思に基づくものとはいえないから、無効である。

2. 以上によると、控訴人らとの間で本件遺言の無効であることの確認を求める被控訴人らの本訴請求及び登記と実体権との齟齬に基づいて本件登記の抹消を求める被控訴人相続財産の本訴請求はいずれも理由がある。

三、以上のとおりであるから、右と同旨の原判決は相当で、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条、九三条の規定に従い、主文のとおり判決する。

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